音楽資料用

音楽の歴史

1948年 Billbord TOP 20


 
1948年のビルボードTOP20
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曲順が順位になっています。

1948年ビルボード

1948年の音楽知識

1948年はジャズピアニストだったナット・キング・コールが「Nature Boy」が全米NO.1ヒットに輝きます。
 
この年辺りから音楽が少しずつ動き出していっているのがTOP20まで聞いていくとよく分ります
 
 
<1948年の出来事>
世界保健機構(WHO)成立
世界人権宣言
極東国際軍事裁判終了(東条英機らの戦犯に死刑求刑)
ボゴタ憲章(米州機構成立)
ヨーロッパ経済協力機構(OEEC)結成(マーシャル・プランの受け入れ)
ソ連によるベルリン封鎖
チェコで二月革命(共産党により無血革命でマサリク首相自殺)
イスラエル共和国成立(中東紛争の始まり)
性についての衝撃的調査、キンゼー報告発表される
中国共産党軍が北京入場
大韓民国(李承晩大統領)朝鮮民主主義人民共和国(金日成首相)
ビルマ独立
 
 
<音楽>
アトランティック、ジュビリー、ジー、ルーレットなど個性的なレーベルが次々とNYで活動開始
ラジオの黒人向けチャンネルWDIA誕生
「シャイン」フランキー・レイン
「マニャーナ」ジョー・スタッフォード
「It's Too Soon To Know」オリオールズ
「ジャングル・ブギ」笠置シヅ子
「東京ブギウギ」笠置シヅ子
「湯の町エレジー」近江俊郎
「憧れのハワイ航路」岡晴夫
「異国の丘」竹山逸郎、中村耕三
 
4月:【美空ひばりデビュー】横浜国際劇場で前座歌手として「リンゴの歌」などを歌った。10月のラジオ番組で初めて芸名を美空ひばりとした。

 

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音楽の歴史

1947年 Billbord TOP 20


 
1947年のビルボードTOP20
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1947年ビルボード

1947年の音楽知識

R&B(リズム アンド ブルース)という言葉は1947年にビルボード誌のジェリー・ウェクスラーにより作り出されました。

R&Bとは
米国深南部でアフリカ系アメリカ人の間から発生した音楽ジャンルの1つであるブルースを指す場合と、アメリカにおけるアフリカ系アメリカ人の音楽をまとめてR&Bと言う場合があります。

ブルースは、基本的な構成として、12小節形式とした音楽で4小節の同じ歌詞を二度繰り返し、最後の4小節で締めの歌詞を歌います。

それまでは、アフリカ系アメリカ人の音楽の事を「レイス(人種)・ミュージック」と呼び、ヒットチャート等も区別されていました。

しかし1947年の或る週末、「もう、こういう名前で呼ぶ時代ではないだろう」
「何か違う名前で呼ぼう、週末の間に皆で考えよう」とビルボード誌編集部で話が出て、ウェクスラーが「リズム・アンド・ブルースっていうのはどう?」と提案し、これが採用された事からアフリカ系アメリカ人の音楽の事をR&B(アールアンドビー)と呼ぶようになる


その頃の日本は
日本国憲法施行され第1回参議院議員選挙(4月20日)が行われる
1月20日:GHQの指示により、全国の国民学校で学校給食が開始。


日本のヒット曲・流行歌
夜霧のブルース(ディック・ミネ)(2月発売) <映画「地獄の顔」の主題歌>
長崎エレジー(ディック・ミネ)(2月発売) <映画「地獄の顔」の主題歌>
港が見える丘(平野愛子)(4月発売)
夢淡き東京(藤山一郎)[作詞:サトウハチロー、作曲:古関裕而](5月発売)
白鳥の唄(藤山一郎/松田トシ)[作詞:若山牧水、作曲:古関裕而](5月発売)
とんがり帽子(川田正子)[作詞:菊田一夫、作曲:古関裕而](7月発売) <ラジオドラマ「鐘のなる丘」主題歌>
山小舎の灯(近江俊郎)[作詞:米山正夫](11月発売)
<NHKラジオ歌謡で放送されレコード化された>
星の流れに(菊地章子)[作詞:清水みのる、作曲:利根一郎](12月発売)

 

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音楽の歴史

1946年 Billbord TOP 20


 
1946年のビルボードTOP20
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1946年ビルボード

1946年の音楽知識
クルーナースタイル(唱法)
ボーカルスタイルを表した言葉。鼻にかかったような声、囁くような優しい歌い方のことを言います。
歌手というと、大きなホールなどでバンドをバックにしても声が通る声量があることが一つの条件でした。
時代が進み、マイクという拡声器が発明~普及したことによって、ボーカルのスタイルに一つの革命が起こってくる。シンガーは、以前のように単に声量があるだけでなく、楽器としてのマイクの使い方を知らなければいけなくなったといえる。

ビング・クロスビー(歌手)
クロスビーはラジオと共に普及し始めたマイクの増幅機能を活かし、声を張り上げず滑らかに発声する歌唱法「クルーナー・スタイル」を最初に確立した歌手としても知られる。
クルーナー・スタイルは、マイクとスピーカーを介することで発声の制約が生じることを逆手にとって編み出された歌唱法であったが、オペラなどと同様に肉声で大声を力強く出さなければならない在来の歌唱法を大きく革新したもので、歌唱にスマートに洗練されたイメージをも与え、広く大衆の支持を得ただけでなく、その後のポピュラー・ソングの曲作りにも大きな影響を与えた。

11月3日:日本国憲法公布。
日本の当時の音楽
リンゴの唄(霧島昇/並木路子)[作詞:サトウハチロー](1月発売) <映画「そよ風」の主題歌>
悲しき竹笛(近江俊郎/奈良光枝)[作詞:西城八十、作曲:古賀政男](6月発売) <映画「或る夜の接吻」主題歌>
東京の花売り娘(岡晴夫)[作詞:佐々木詩生、作曲:上原げんと](6月発売)
みかんの花咲く丘[作詞:加藤省吾](9月発売)